
イツモノヒカリの物語
「全てのはじまり」
大人としての一歩をどう踏み出すのか、
立ち止まって模索していた頃。
“何者かにならなければいけない”という焦りの中で、
一台の古い一眼レフカメラと出会いました。
渡してくれたのは、偶然出会ったデザイナー。
教えられたのは、表現ではなく、ただの操作だけ。
持ち方、ピント、ファインダーの中の数字の合わせ方。
「それだけ覚えたら、あとは撮ってきなさい」
その言葉を境に、誰かの正解をなぞるのではなく、
自分の感覚で世界をすくい取る時間が始まりました。
その積み重ねが、
今の撮影スタイルにつながっています。
「写真のある暮らし」
時が流れ、三人の子どもをもつ母になりました。
それでも写真は、
変わらず私の暮らしの中にあり続けています。
朝は慌ただしく始まり、
気づけば一日が終わっている。
泣いたり、笑ったり、
できなかったことが突然できるようになったり。
そのたびに心が揺れて、
立ち止まって、また進んでいく。
そんな毎日は、想像していたよりもずっと速くて、
振り返る間もなく、通り過ぎていきます。
だからこそ、
何気なく流れていくはずの瞬間に、
ふと心がとまるようになりました。
そのたびに、
このまま通り過ぎてしまうには惜しい何かが、
確かにそこにあると感じていました。

ふたりで、かたちを探していた
「それでも、ふたりでやるって決めた」
写真を仕事にすることは、簡単ではありませんでした。
理想と現実の間で揺れながら、
どうすれば続けていけるのか、
何度も立ち止まりました。
その隣には、いつも夫がいました。
同じように悩みながら、
それでも前に進もうとする姿。
言葉にしきれない不安も抱えながら、
それでもこの仕事に賭けようとする意志。
ふたりで何度も話し、試し、壊してはまた作り直す。
出張撮影というかたちも、
そうした試行錯誤の中で、
少しずつ輪郭を持っていきました。
宝物
答えを探し続ける中で、
やはり私にとって大切なのは「日常」でした。
子どものうしろ姿。
家族で囲む食卓。
何気ない会話と沈黙。
それを、受けとめて味わい、
育くんで未来へ繋げていきたい。
そう願うようになりました。

イツモノヒカリが生まれた理由
「全部つながって、これになった」
そうして重なっていったすべての時間が、
「イツモノヒカリ」というかたちになりました。
母として過ごしてきた日々。
写真と向き合い続けてきた時間。
ふたりで迷いながら、それでも進んできた過程。
どれかひとつではなく、
その全部があって、今があります。

「これが、私たちなんだと思えたら」
撮影のあと、写真を見ていただいたときに、
「これが自分たちなんだ」と感じられること。
何気ない日々の積み重ねが、
こんなにも豊かだったのだと気づけること。
そしてその実感が、
これからの毎日を少しだけ前向きにし、
自分たちの歩みに静かな自信をもたらしていくこと。
過去も、今も、そしてこれからも。
そのすべてを、
やさしく肯定できるような写真を撮りたいと思っています。
ファミリーフォト・イツモノヒカリ
皆さんと一緒に創り上げていくのを心待ちにしながら…。