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子どもが笑っていない写真にも、残るものがある

  • 執筆者の写真: 夫 Utsushi/うつし
    夫 Utsushi/うつし
  • 8月18日
  • 読了時間: 3分

家族写真の撮影を前にすると、


「今日はちゃんと笑ってくれるかな」


と心配になることがあると思います。


以前撮影したときに、なかなか笑ってくれなかった。

人見知りをしてしまった。

途中で機嫌が悪くなってしまった。


そんな経験があると、次の撮影でも少し気になります。


せっかくお願いするのだから、できれば笑顔の写真を残したい。


その気持ちは、とても自然なことだと思います。


僕たちも、お子さんの自然な笑顔に出会えたら、もちろん嬉しいです。

楽しそうに遊んでいる姿や、家族みんなで笑っている瞬間は、大切に撮っています。


でも、家族写真を撮っていると、


「笑っていることだけが、その子らしさなのだろうか」


と思うことがあります。


子どもの気持ちは、大人が決めた撮影時間に合わせて動いてくれるわけではありません。


知らない人が来れば、少し警戒することもあります。

カメラを向けられれば、いつもとは違う表情になることもあります。


眠い日もあるし、抱っこから降りたくない日もある。

最初は恥ずかしくて、お父さんやお母さんの後ろに隠れていることもあります。


麦わら帽子と黄色いシャツの幼い男の子が、格子柄の服の大人にもたれて浜辺に立つ。日差しの中で少し不安げな表情。
麦わら帽子をかぶった幼い子どもが、少し不機嫌そうに下唇を出しているアップ。淡い黄色の服、ぼけた浜辺の背景。

それは、撮影がうまくいっていない状態なのでしょうか。


僕は、必ずしもそうではないと思っています。


お母さんの服をぎゅっと握っている手。

お父さんの肩に顔を伏せている姿。

少し離れたところから、こちらをじっと見ている表情。


そういう姿にも、その頃のその子がいます。


もちろん、だからといって、ずっと困った顔のままでいいと思っているわけではありません。


イツモノヒカリでは、すぐに笑顔を求めるよりも、まずその場所や僕たちに少しずつ慣れてもらうことを大切にしています。


一緒に歩いたり。

好きなものを見つけたり。

お父さんやお母さんと遊んでもらったり。


撮影することよりも先に、その子が自分の時間に戻っていくのを待つことがあります。


そうしているうちに、ふっと表情がほどける。


そんな瞬間が来ることもあります。


でも、来ない日だってあります。


それでも、その日の写真が失敗だとは思いません。


子どもが小さかった頃の写真を、何年か経ってから見返すと、不思議なことがあります。


室内で、果物柄のよだれかけをつけた幼い男の子が少し不安そうな表情でこちらを見る、明るい背景の写真

当時は「もっと笑っている写真が欲しかった」と思っていた一枚が、


あとになって、


「この頃、いつもこんな顔をしていたな」


と思い出させてくれることがあります。


恥ずかしがっていたこと。

抱っこが好きだったこと。

人見知りをしていたこと。

眠くなるとこんな表情をしていたこと。


その時には少し困っていたことさえ、時間が経つと、その子らしい記憶になっていきます。


だから僕たちは、撮影の出来を「笑顔が何枚撮れたか」だけで考えないようにしています。


笑っている顔も。

少し緊張した顔も。

甘えている姿も。

ふと遠くを見ている顔も。


その日の中にあるいろいろな表情を残したい。


それが結果として、その家族にとって自然な写真になるのではないかと思っています。


撮影の日に、お子さんがずっとご機嫌でいる必要はありません。


室内で、黄色い花柄のシャツを着た幼い男の子がカメラを見つめている。やや照れたような穏やかな表情。

いつもと違う場所や人に戸惑っても大丈夫です。


少し時間がかかっても、途中で疲れても、その時間も含めて一緒に過ごしていきます。


笑顔を撮らないのではなく、

笑顔だけを求めない。


そのくらいの距離でいる方が、子どもも、親御さんも、少し楽に撮影の日を迎えられるのではないかと思っています。


そして何年かあとに写真を見返したとき、


「そうそう、この頃こんな感じだった」


と家族で笑える一枚が残っていたら。


それも、家族写真のひとつの役割なのだと思います。

 
 
 

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