top of page

小田急線と私

  • 執筆者の写真: 妻
  • 8月6日
  • 読了時間: 3分

皆さんには、好きな鉄道はありますか?

その鉄道は、何線でしょうか?


私にとって身近で、今でも特別に感じるのは、やっぱり小田急線です。


ロマンスカーの青い電車が踏切を通過中。黄黒の警報標識と遮断機、背後に赤い屋根の建物と電線、標識に4.7Mの表示。

私はもともと、小田急線沿線の町で生まれ育ちました。

小田急線は、どこかへ出かけるための交通手段というだけでなく、生まれたときから暮らしのそばにあった、とても身近な存在でした。


考えてみると、小田急線に揺られながら、いろいろな時間を過ごしてきたように思います。


幼い頃は、片方の手で母の手をしっかり握り、もう片方の手にはお気に入りの小さな布の巾着を持っていました。

その中には、ハンカチや小さなおもちゃ、お人形、飴をいくつか入れたり。


少し大きくなると、ひとりでひと駅、ふた駅だけ乗ることが、小さな冒険のように感じられドキドキしていました。


もっと成長してからは、友達とのお出かけや、自分の用事で乗るようになり、同じ電車でも、そのときどきで見える景色や気持ちは少しずつ変わっていきました。


当たり前のように暮らしの中にあった小田急線。

今でも、その車窓から見える町並みを眺めるのがとても好きです。


私の地元は、登戸や向ヶ丘遊園のあたり。

多摩川を渡って、東京から神奈川へ入ったすぐの場所です。


新宿方面へ出かけることは多くても、下り方面は町田くらいまで。

それより先へ行くことは、あまり多くありませんでした。


そんな私が、今は秦野を拠点にしています。


青空と雲の下、曲線的な駅舎とロータリーが広がる。中央窓にマクドナルドの文字が見え、静かな昼の街並み。

町田よりもさらに県央、そして県西へ。

同じ小田急線でも、少し先へ進むと、車窓の景色はまた違った表情を見せてくれます。


山の気配が近くなったり、空が広く感じられたり、駅ごとに暮らしのリズムが少しずつ変わっていくように見えたり。

小田急線の沿線には、場所ごとに違うそれぞれの日常があるのだと感じます。


小田急線に揺られながら、時にはくたくたになって夜の町を眺めることもあります。


夜の車窓越しに、遠くの街並みの灯りが横一列に並ぶ。ぼんやりとした光景で、静かな雰囲気。

雨あがりの光を受けて、町がきらきらして見える日もあります。


車窓には、季節の中に溶け込んだ人の暮らしが映ります。



駅へ向かう人。

学校帰りの子どもたち。

夕方の買い物袋。

踏切のそばの家並み。

少しずつ変わっていく町の景色。


特別な出来事ではないけれど、そこには確かに、誰かの毎日があります。


本当に数えきれない時間と、たくさんの思いを乗せて走っている小田急線。


そんなふうに感じるのは、一時期、沿線から離れて暮らした時間があったからかもしれません。

少し距離ができたことで、自分にとってどれだけ身近で、よく馴染んだ景色だったのかに気づいた気がします。


私にとって小田急線は、過去の自分と、今の自分をつないでくれる存在です。

そして、これからの時間へも続いていく線路のように感じます。


白いクマ耳のフードを着た幼児が、木漏れ日の公園のタイル道を歩く。黄のズボンと長い影が印象的。

幼い頃の私。

母の手を握っていた私。

ひとりで電車に乗ることに少し緊張していた私。

友達とうきうきして出かけていた私。

そして今、秦野を拠点に、家族の写真を撮っている私。


ピンクの毛布の上で大きくあくびする赤ちゃん。白い服で眠そうな表情、やわらかな淡色の室内。
青空の下、緑の丘と住宅地、桜並木の道、菜の花畑が広がる春の田園風景

気のせいかもしれないけれど、小田急線に乗るたびに、それぞれの時間がどこかでつながっているような気がします。


町並みも、駅も、暮らしも、少しずつ変わっていきます。

けれど、その変化の中にも、その場所らしい光や記憶が残っているように思います。


イツモノヒカリでは、そんな日常の中にある景色や、ご家族の時間を大切に撮影していきたいと考えています。


小田急線の町並み。

沿線の暮らし。

何気ない日々の中にある光。


木箱に赤・青・黄・緑のブロックが詰まったおもちゃの静物。青い柄のカーペットの上に置かれている。

これからも、その変化を楽しみながら、皆さまと一緒に見つめていけたら嬉しいです。

 
 
 

コメント


bottom of page